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母乳ということ

 古来より、授乳は、哺乳類であれば、生物学的に当然の行為として行われてきました。妊娠、出産の延長線上には、母乳で子供を育てるということが存在しました。ところが、戦後、外国の育児方法が移入され、高度経済成長の時代になり、育児用粉ミルクの開発がすすんだことによって、母乳率の低下は加速を増していきました。終戦後の昭和20年代では70%、昭和40年代前半では30%以下まで落ち込みました。しかし、行き過ぎた人工乳の普及によって起こるさまざまな弊害がクローズアップされて、母乳育児は 今日新たに見直されてきています。

 母乳の成分は当初、栄養面に注目され、アミノ酸、脂肪酸、糖質の分析がなされましたが、成長因子や生理活性物質なども研究されるようになりました。感染抑制因子の研究もすすみ、免疫グロブリン(IgA)、ラクトフェリン、リゾチーム等も注目され、母乳の感染抑制効果が強調されてきました。一方、最近の犯罪や事件の背景として、親子関係、母子関係の難しさや複雑さがあり、親子の基本的信頼関係がキーワードになっています。母子相互作用を密にするうえで、一番効果的な育児行動が授乳であるということに、多くの人々が気づき始めました。それで、「母乳栄養」から「母乳育児」という視点がひろがりました。

 母乳育児が新たに見直され、選択されてきていますが、しっかり確立していくためには多少の努力も必要です。しかし、その努力は、絶対に無駄にはなりません。赤ちゃんとお母さんの間に深い愛情と固いきずなをつくり、それは一生続きます。頑張れた経験は母親としての自信につながり、その先に続く長い育児生活での基礎になります。

 母乳育児をしたお母さんは、精神的に不安定になったり、憂鬱になったりすることが少ないといわれています。それは、プロラクチンというホルモンに秘密があるからです。お母さんの乳房に赤ちゃんが一生懸命に吸い付くと、その刺激がお母さんの脳に伝わり、脳下垂体という部位からプロラクチンがたくさんでてきます。プロラクチンは乳汁の分泌を促す催乳ホルモンですが、俗に母性愛ホルモンともいわれており、大脳皮質を刺激して、精神安定剤的な作用をおこします。子育てに伴う面倒な事柄、憂鬱を忘れさせてくれるので気持ちに余裕がうまれます。

 母性愛にあふれた母親に育ててもらうことが、人間として育っていく上で何より大切です。赤ちゃんにおっぱいを吸わせ、無心に吸い付くこと、この相互作用が赤ちゃんとお母さんに心を吹き込み、強い結びつきをもたらすのです。

だからといって、完全母乳でなければ、母親失格という訳ではありません。完全母乳でも、人工乳との混合栄養であっても、ほとんど人工乳であっても、しっかり赤ちゃんの目をみて、話しかけて、触れあって、母子相互作用が十分にできていれば、それは母乳育児を立派に実行しているのです。立派な母親なのです。母乳をあげるという行為を大事にしてください。


 ♪ 母乳が赤ちゃんにとっていい理由 ♪

  1. 母乳には赤ちゃんに必要な栄養素がすべて含まれ、成長に応じて必要な成分が調整されて出てきます。また大変消化しやすく、飲みすぎても害はありません。
  2. 免疫を促す物質をたくさん含まれていて、予防注射的な働きをするので、赤ちゃんが病気にかかりにくくなります。
  3. お乳を飲む行為は、赤ちゃんのあごの発達に良い影響を与えます。 (母乳を吸う時は、哺乳びんよりも力が必要で、動きも複雑なため、乳児の口唇、舌、頬の運動機能を促すのです)
  4. 授乳をとおして母と子の愛情の結びつきが深まり、強いきずながはぐくまれます。このきずなは今後の親子関係をつくるうえに非常に大切です。
  5. 必要に応じて、どこでも、ただちに与えられ、経済的です。
  6. 母乳を与えることは、お母さんの心と体の健康を保つうえにもよく、産後の肥立ちをよくするためにも役立ちます。

 ♪ 早期の接触や早期授乳がとても重要なわけ ♪

 たくさん母乳を出して、母乳育児を軌道にのせるために、出生直後から、なるべく早期に、頻回に授乳することがよいとされています。

◎ 母と子の絆(きずな)を強くする

 新生児行動学上、出生直後の、新生児の意識レベルの特徴的経過があります。出生後はカテコラミン catecholamine というホルモンの影響によってはっきりした意識状態になります。だんだん時間が経過して、一時間もたつと急速に眠りに落ちます。はっきりした覚醒レベルで母子相互作用をすることはお互いにしっかりとした記憶として脳に刻まれるのでとても意味のあることです。

◎ 乳頭の形にとっても非常に有効です

 お産のときに産道を柔らかくするリラキシンrelaxin(安産ホルモン)というホルモンが分泌されます。このホルモンは妊娠乳腺・妊娠乳頭の組織も柔軟にするので、扁平だったり陥没していて、吸いにくい乳頭の方には良い影響を与えます。

◎母乳分泌が増える


◎胎便の排出を促し、脱水を予防するため、生理的黄疸の程度が低くなる


♪  母乳を与えるうえでの注意点 ♪

 極めて利点の多い母乳でも、すすめるにあたって、いくつかのの注意点があります。

【赤ちゃんの生理的体重減少の問題】

 母乳育児を行っていく上でまず問題になるのは、母乳分泌が増えていくまでの、赤ちゃんの体重減少です。一般的には出生時体重の10%以内の減少を生理的な範囲と定めていますが、体重の減少率だけで、正常、異常、母乳不足ときめることはできません。赤ちゃんの産まれた週数、出生体重、呼吸や皮膚の状態、便や尿の状態、活気、そして、今後の母親の母乳分泌の予測などから総合的に判断して、必要ならば母乳以外の水分を追加しなくてはいけません。母乳はとてもすばらしいものです。しかし、あまりに盲目的になってしまい、高度の脱水をおこしたり、成長、発達に影響を及ぼしてしまうような状況に陥ってしまわないような、状況判断も大切です。

ビタミンKの問題

 ビタミンKは肝臓内で活性化され、プロトロンビンの前駆物質をプロトロンビンに変えるのが主たる作用です。プロトロンビンは血液凝固の際に重要な働きをします。ビタミンKは、成人の場合は、腸内細菌によって産生されるため、その欠損症はほとんどみられません。ところが新生児の場合は腸内細菌叢が確立されておらず、しかも経口的にビタミンKが入らないために、母体由来のビタミンKが消費されてしまい日令4~5日ごろに欠乏状態になって出血傾向が高まります。ミルクにはビタミンKが含まれていますが、母乳には含まれないので、母乳栄養児に出血傾向がみられることがあります。

 ビタミンK不足の対策として、ビタミンKのシロップを、まず生後24時間以内に投与し、その後、定期的に生後3か月間赤ちゃんに投与しています。経口投与後不可能な場合には、注射などによって投与を行います。母親の食事強化(納豆や緑黄色野菜の摂取など)も有効です。

 

【授乳中のお母さんに薬物治療が必要な場合】

 抗がん剤、ホルモン剤、坑精神薬、鎮痛剤などは、母乳移行により、赤ちゃんに影響します。授乳を中止しなければいけない薬剤があります。

 現在、人の生き方は様々で、ますます医療のあり方も変化していくでことでしょう。自己決定する機会が増えてきていますが、まだ個人のレベルでは、医学的知識や判断力が不足していることが多く、マスメディアの情報に翻弄され流されている人が多いのも現状です。

 何を大事にして、どういう選択をするのか、よく家族で話し合ってください。そしていいお産をなさってください。楽しんで育児をして、子供も親もお互いに成長して、素敵な人生を送ることができますように。

(助産師 久保田 記)



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